トップ画像
《栗原 祐太 選手 プロフィール》

1981年8月27日生まれ 東京都出身
身長173cm 体重63kg

千葉日大第一高校から早稲田大学に進学。卒業後に渡米し、NBAサマープロリーグに参加。

その後、独立リーグUSBLやEBAで活躍し、2008年にはNBADLのプレドラフトキャンプに招待。

2010年、ペルーリーグでのプレーを経て、TKbjリーグ高松ファイブアローズの練習生となり、開幕前に選手登録。

2011年7月、高松のキャプテンに就任。

2012年7月、東京サンレーヴスに移籍。

2015年7月、埼玉ブロンコスに移籍。

オフィシャルHP  http://www.yutakuri.com/
栗ニックの運営サポートをされている則竹 陽介さま
《個別指導 ドルフィン》

塾長 則竹 陽介  様

住所 東京都三鷹市下連雀1-12-9

TEL 0422-26-5234

HP http://ps-dolphin.net/kichijoji/

(取材者 マザー小野寺)
今回登場して頂くアスリートは、アスリートスタイル二度目の登場となります、
プロバスケットボールの栗原祐太選手です。
今回は、栗原選手が主宰しているバスケットボールクリニック、その名も【栗ニック】に
お邪魔をいたしまして、同じ中学校出身の先輩でもあり、栗ニックの運営サポートをして
いる学習塾【個別指導ドルフィン】の塾長、則竹陽介様にもご参加いただき
お話を伺ってまいりました!



―文武両道―

マザー  栗ニックを見学させてもらって、皆すごく真剣に一生懸命取り組んでいる中にも、 笑顔があったり競争があったりと、とても良い雰囲気で楽しく上手くなれそうだなと感じていました。
 
栗原選手  則竹さんの一声で、則竹さんと僕の母校である武蔵野の中学校をスタートにクリニックを始めて。 三鷹でもやりたいと話をしたら、三鷹には則竹さんが経営している学習塾もあるからってことで栗ニックの サポートまでしてくれることになって。凄く助かっています。
 
則竹氏  お互いメインのターゲットが小・中学生ということで諸に被っているんですよ。 それで塾生でありながら、栗ニックにも通っている子も増えてきて、体育館でも会うし、 教室でも会うという・・・(笑)
 
マザー  バスケットと学習塾の結び付きがあまりイメージ出来なかったのですが、凄いですね! お互いにとって良いスポンサーですし、まさに文武両道ですね。
 
栗原選手  それが理想ですよね。自分自身も文武両道で!と思って受験で来たから。
 
マザー  早稲田大学をご卒業と言うことで・・・
 
※(左)則竹氏 (右)栗原選手
栗原選手  むっちゃバカだったんですよ。でも“部活で忙しい”って言い訳にならないじゃないですか。 それで勉強したら成績が上がったんです。
 
マザー  まさに“為せば成る”。栗原選手ってスポーツも勉強も、徹底していますよね。
 



―人間力―

則竹氏  うちはたまたま子供っていうターゲットが被っているので、 仕事として広告宣伝になっているのがあるからスポンサーとしても色々支援しやすいんです。
でも、全然自分にメリットが無くても毎回栗ニックの写真を撮ってFacebookに載せてくれる親御さんとか、 練習を手伝ってくれる親御さんとかも居て、 そういう方たちってサポートすることでの経済的なメリットはゼロでしょ? そうなると、どんなに能力が高くても人として嫌なやつだったりすると応援しようっていう気にならないから、 スポーツって本当に人間力が大切なのかなっていうことを実感しますよね。
栗原君は体が小っちゃいのにプロとしてやれているということも凄いけど、良い時だけじゃなくて、 色んな面でメンタルの強さとか、普段から自分自身を節制する強さとか、そういう事も全部ひっくるめて、 やっぱり人間力っていうのが無いと長くは出来ないのかなって。
 
マザー  前回の対談でお聞きしましたが、TKbjリーグでも物凄い人数が毎年トライアウトを受けているって仰っていましたもんね。 しかも若い子もどんどんトライアウト受けて増えている訳ですよね。
 
栗原選手  はい。年々難しくなってます。プロ選手でも1年で消える人はいっぱいいますからね。 僕も別に個人でメチャクチャ良い記録を残している訳じゃないのに、 高松のチームで2年やって、東京のチームで3年やって、今年で6年目。しかも移籍も出来ている事が奇跡ですよね。
 
則竹氏  その中で長く生き残るって大変なことだよね。
 
マザー  特に加齢を感じることはないですか?
 
栗原選手  オーバーユースによる痛みはどんどん増えていくけど、それ以外は体力が衰えたとか、 瞬発力がなくなったとか全く感じないんですよね。むしろ若くなったような気がしてるんですよ(笑)
 
マザー  去年よりまたお顔もツルッとして若返りましたしね(笑)
 



―セカンドキャリア―

マザー  栗ニックは引退してからもずっとやって行きたいと考えているんですか?
 
栗原選手  はい。セカンドキャリアとして法人化したいと思っています。
 
マザー  でも現役選手の間は自分の練習との兼ね合いもありますよね?
 
栗原選手  はい。今は自分の練習の関係で栗ニックを毎月同じ回数で運営することが難しいので、 月謝制で出来なかったり難しい部分はあります。だから、ノウハウ等の一本の軸はしっかりしておいて、 他の選手や元プロ選手とか・・・勿論プロ選手に限らずですけど、 口調や対応力も含めて僕が信頼できる人に栗ニックに来てもらって、僕が行けない時のサポートだったり、 他の地域のクラスを受け持ってもらうことが出来れば良いなと思っています。僕自身、 今も出張でマンツーマンレッスンやグループレッスンをやっているので、オフの時は地方にも出張に行って出来るようになるのが理想です。
 
マザー  栗ニックを一定数開催できると、仕事として会社として、安定していきそうですよね。
 
栗原選手  僕は栗ニックの収入だけじゃなくて、その地域を応援する人や企業の人に、 則竹さんみたいなお互いがWin-Winの関係になれるようなスポンサーを見付けながらやっていければ良いなと考えています。
結局クリニックってバスケットかも知れないけど、挨拶や人間性を訓育する場所でもあると思うんですよ。人と絡むことや、 “ありがとうございました”っていう感謝の言葉を伝えることだったり。恥ずかしがって言えない子の方が多いと思うんですけど、 普段から口に出していれば言えるようになれるから。 そういう事も含めて地域の子供たちを育成していくという地域貢献になるんじゃないかと思っているし、 実際に栗ニックはそういう場所だと思っているので、そこに理解をしてくれるスポンサーを見付けられるように話して行きたいなと。
  養護学校に行ったりとか、学校で栗ニックの時間を作ったりとか、地域の講演会にも参加して行きたいと思っています。 2018年には法人化したいと思って動いているので、それまでの間にスポンサーをしてくれるところを増やして行って、 法人化するときにそのスポンサーを軸にしっかりとした物を作って行きたいです。法人化した時点で大会とかも開催出来ると思うんですよ。
 
マザー  なるほど。そういう所まで考えての法人化なんですね。
 
栗原選手  バスケット選手として無理だったとしても“こういう仕事もあるんだ”って思ってもらえるようになれたら良いなと思っています。 こういう大人になりたいと思ってくれたら凄い嬉しいことだし、目標の一つとして僕らを見てくれたらメチャクチャ嬉しいですから。
 
則竹氏  夢があるよね。
 
マザー  いや、これはバスケ選手を目指す人にも励みになりますよね。日本のスポーツ選手って先が見えないので。 選手として活躍した後のセカンドキャリアは本当に難しいと思います。
 
栗原選手  本当にそうなんですよ。僕の栗ニックを法人化することによって、引退後の選手たちの受け皿にもしたいんです。 正直に言うとバスケだけでは生活がキツイんですよ。それが、例えば選手が栗ニックに来て手伝ってもらうことで、 今回で言えば則竹さんみたいな協力者を得て、そういう協力者から、サプリメント一個にしろ、シューズや靴下一足にしろ、 マッサージをしてもらえるとかもそうだけど、何かサポートしてもらえるような環境を作ってあげられるような場所にして行きたいんです。
異業種でアルバイトしちゃったら、プロのバスケット選手として稼いでいることにならないと思うから、 バスケットを元に稼いで欲しいという気持ちがあるんです。新聞配達したり居酒屋で働きながら、 それでもプロの選手になりたいという気持ちは凄いと思うし偉いと思うんですよ。
僕も実際アメリカに行った時はマイナーリーグだったからプロって言って良いか分からないけど、 皿洗いをしながらやっていたし。 でも、母国に居るんだったらバスケットで生活を全部成り立たせられるようにしてあげたいんです。
 
マザー  弊社代表の向川もプロのスノーボーダーで、転戦する為の資金作りに大変な苦労をしたと聞いています。
 
則竹氏  仕事だけでも十分大変なのに、そこでプレーもするなんてね。稼がなきゃいけないと競技に集中出来ないだろうし。
 
栗原選手  オリンピック選手とか他の競技でもそうですもんね。
 
マザー  競技を続けるということは相当大変ですよね。だからと言ってスポーツだけやっていても、 いつかそれだけではやっていけない時が来るから。
 
栗原選手  バスケをやっている期間より、それ以外の人生の方が長いですからね。
 
マザー  例えば30歳で怪我で突然引退になってしまった場合、それまで電話一本とった事ない人が簡単に会社勤め出来るかと 言うと難しい部分もあると思うんです。だからある程度その時のことを考えておくことも大切なのかなと。
ただ逆に、普通の人が到底出来ないようなレベルで競技をやってきた経験値がある人材は貴重だと思うので、 受け入れてくれる企業がもっと増えて欲しいと思うんです。競技をする上では時間的な制約が出てしまうと思うので、 その辺を理解して欲しいなと。
そしたらスポーツ選手ももうちょっと集中して競技をやっていけると思うし、 輝かしい未来が待っている可能性が高くなるなら、先ず、目指す人数が増えると思うんですよ。
 
則竹氏  確かにそうなれば日本のスポーツが強くなりますよね。
 
マザー  そうですよね。今のままだと、どうせ続けていてもこれじゃ生活できないしなって思って、辞めてしまう子はたくさん居ると思うので。
 
則竹氏  安定を取って普通に就職した方が良いとか考えたりね。
 
栗原選手  テニスやゴルフは頑張れば稼げるスポーツだから、それならスクールに行きましょう! ってなると思うんですけど、バスケットをしていても将来的にお金にはならないから、 その為のスクールにはお金を払う必要は無いって思われることもあると思うんですよ。
 
マザー  そうなんですよね。そもそもの競技人口は世界的には野球やサッカーよりバスケットボールが一番多いのに!不思議ですよね。
 
栗原選手  格好良い人も多いのにね。
 
マザー  そう!みんなファッショナブルで格好良いのに、プロ競技としてなかなか流行らないんですよね。 試合観たら本当に面白いのに勿体無い!でもやっぱり、肉体的にハードな競技の割に稼げないなら、稼げる競技に行ってしまいますよね・・・
 
則竹氏  確かに。全国にバスケットクリニックを普及させて、 皆がクリニックにお金を払って一生懸命やっていくのが当たり前になって、セカンドキャリアも充実して行けば、 日本のバスケットもどんどん強くなると思うんだよね。
 

 後編へ続く


競技者のセカンドキャリアは重要な問題です。そこに自分のことのみならず、後に続く
人たちの為にも道を切り拓いていく栗原選手は、一段と逞しく輝いていました。
後編では栗原選手が主宰するバスケットボールクリニックについて、その熱い熱い想いを
たっぷりとお伺いしてきましたので、是非ともお楽しみに!!